nao山に行く

2016年正月明けにくも膜下出血で生死をさまよう。なんとか生還し山のレースに再チャレンジ目指しています。
最初のハセツネ(回顧録)
最初にハセツネ(当時は山耐と言っていた)に出たのが、21年前の第2回大会。34歳の時だった。
当時は、山の中を71.5㎞という考えれないような距離だったが、トライアスロンの調子も良かったので勢いで申込みをした。当時は参加人数に達することはなく、期日がギリギリの申込みでも全然大丈夫だった。

山は奥穂高、白馬、雲取など山小屋利用で歩いたことはあった。だけど、山を走るというのは良く分からず、もちろん情報はまったくなかった。とりあえず狭山湖周辺のトレイルを4~5時間ぐらいのマラニックをした。
装備も良く分からず。家にあったリュクサック。水はバイクボトル3本。食料は自家製のおにぎりを数個とチョコレートなど。要は山歩きと同じ。レインウェアはF1で買ったベネトンの雨合羽を持参した。

レースの特性から参加者はランナーと登山者は半々だった。みんなもそうだったが、シューズ、ウェア、ザックなどジロジロ見たり見られたりしたのを覚えている。みんな手探りだったのだ。

最初に参加した第2回大会は10時スタートで、浅間峠で500mlの水の補給があった。
前半と日の出山からは、今よりコースが荒れていたと思う。
ペースは良く分からなかったが、登りはバイクのヒルクライムと同じリズムだと思った。でも、下りは走り慣れていないためスピードは上げられず。レース中、下りの練習をすればイケルと思った。
ラップは醍醐丸2時間11分、日原峠3時間44分、月夜見駐車場7時間2分、ゴールは12時間45分。
やはり山の対応不足で後半が走れなかったレースとなった。

御前山に向かう途中でライトを点け始めた。直前に買ったナショナルの豆電球のヘッドライトである。球切れのために予備の格納場所もある。しかし、黄色い光で足元しか明るくない。このヘッドライトは、豆電球の補充もして、まだ持っているので、いつかはレースで再登場させたいと思っている。レースの予備知識がないためかライトを持たない選手も何人もいて、暗闇の中、もがいている姿も見れた。『一緒に行って欲しい…』なんて言われて返答に困ったりした。ちょっと離れるとついて来れないので、そのまま先に行ってしまった後味の悪さが残っている。

日の出山では、スタッフの方が野球中継を聞いていた。1994年10月8日は巨人と中日の10.8決戦だった。
金比羅尾根は走れず歩き。道が悪くて何度も尻もちをついた。こんなにきついレースは初めてでフラフラになってゴールした。

レースは情報もなく、予想通り辛かったが、初めての深夜の山、71.5㎞という長距離、日本の国内では体験出来ないようなレースが自宅の近くで開催されるということで魅了された。

でも、国立公園内でのレースは許されるのかな?とも思い、大会は長く続かないような気がした。

この時のタイム的がPBではないけれど、ハセツネではこのレースがベストレースだろう。今年はそれを上回るような達成感が欲しいな。


左右の足が靴擦れで痛む。特に左側。痛くて歩く時は激痛である。
c0206177_18504461.jpg
さらに、今になってハイドレの上部に針で刺したような穴が出来て水漏れがする。
5時間で半分漏れてしまう。洗面器分漏れていた。買うか?でも資金がない...
c0206177_18515058.jpg
まったく、クソッたれである。




日々のトレーニングはこちらで。 naoのジョグノート

by nao-yamaniiku | 2015-10-25 19:00 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
<< ハイドレ補修と靴擦れ 最終試走(浅間峠まで) >>

by nao
プロフィールを見る
画像一覧
今後の予定
7月
9日(日)
トレニックワールドin外秩父約50㎞

10月
8日(日)、9日(月)
日本山岳耐久レース71.5㎞
最新の記事
ツールドフランス
at 2017-07-20 21:26
夏か...
at 2017-07-19 21:34
ガーミン935
at 2017-07-17 21:55
多摩サイ
at 2017-07-16 17:49
IMR(今熊山ぐるり)
at 2017-07-15 23:08
以前の記事
カテゴリ
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
お気に入りブログ