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nao山に行く

2016年正月明けにくも膜下出血で生死をさまよう。なんとか生還し山のレースに再チャレンジ目指しています。
カテゴリ:24時間走( 9 )
24時間走の所感
6時間しか走ってないので偉そうなことは言えない。しかもケツから4番目だし...

やはりペースが難しい。走力があるメンバーが多数いるので、彼らはキロ5分そこそこで序盤は刻んでくる。それに周りがつられる。出場する選手全員がそれなりの走力があるので、そのペースで走れる。
2時間までは抜かれるばかり。3時間が経過して、やっと落ち着いたペースになって来る。

走りながら思い出したけれど、昨年も、最初の3時間、6時間、9時間と3時間ごとにガクッと来る。重要なのは踏み止まって、最小限にペースダウンを押さえられるかどうかである。それには、そこまでのペースが無理していないかどうかが重要になる。

6時間抜かされた感じだと、抜いて行った選手は、みんな200kmオーバーなペースである。だけど、多くの選手は、どこかの時間帯でブーキがかかったようである。

そういう自分もキロ6分15秒ぐらいと思っていた。だけど途中でタイムを見たら2時間54分で29kmほど。15秒ほど早いペースだった。しかも休憩込みだし。

もちろん気分は良かった。3時間から4時間が一番いい時間帯だった。でも、4時間過ぎて頭がおかしくなり結局、6時間ちょっとで終了。

昨日までは、トレイルとの両立は難しいし、来年もこの時期だったら仕事も忙しいので止めようと思っていた。実際、日曜日に仕事に行って良かったのである。
だけど、今日になると頭に問題がなかったら、一体、どのくらいの距離を走れただろうと思うようになった。それと24時間走りきれたか?ということ。

24時間走は自分には合わないと思っている。だけど24時間走が好きな人、合う人なんていないよなあ。

これで24時間は4戦で2回完走。もっともフルの距離を走っていれば完走になるが....
2回は24時間走りきった。2回は途中でおしまい。まあ、負けである。この競技は例え目標距離に届かなくても、24時間走り続けられたら勝ちである。目標距離に達しなくても勝ち、というのは変だと思うかも知れない。でも、走ってみればわかる。目標に届かなくなって、モチベーションを落としても、走り続けるというのは凄いことなのである。

さて、負けず嫌いな奴は、勝ち越さなくても平気なのであろうか。
答えは来年のエントリー開始日に出るだろう。
by nao-yamaniiku | 2016-12-19 22:28 | 24時間走 | Comments(2)
神宮外苑24時間チャレンジ2016年
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神宮外苑24時間チャレンジは、6時間13分、59kmあまりで終わった。
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この数日、まるでレースに出てはいけないと言っているような、頭の怠さがあった。
しかも、家族は大反対。特に兵庫の長女は激怒。この10年余りは、いろいろな取り決めを、頼りになる長女に相談しているので、怒られると利くのである。仕事も月曜日からのことを考えると...ね。今朝も月曜の仕事の反芻をしていたら、いつものように高田馬場から池袋方面に乗ってしまったというポカをしてしまった。
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まあ、そんな言い訳もあるが、11時にスタートした。
今日はガーミンなし。時間だけ分かるように時計はつけた。
序盤からガンガン抜かされる。まあ、最初は仕方ないが、6時間ずっと抜かされ続けた。だいたい7対3の割合。それでも途中経過を見ると75→73→64と順位は上げていたのには納得出来ん。

4時間ぐらいで頭が痛くなった。潮時が近づいた。それでもしばらくすると痛みはなくなった。終電までは行けるかなと思ったが5時間過ぎたら、また違和感が出て来た。
5時間経過すると足も痛くなるが、頭の方が気になり足は快調。変なの?でも、ペースはキロ6分程度だけどね。でも、確実に足のダメージは来ていた。おそらく8時間ほどで足は終わったと思う。ウルトラは日々の練習量が結果に繋がる。

なかなか止める決断が出来なかった。
最後はエイヤーでそのまま計測の所まで行ってリタイア申告。『59.6kmだからあと一周すれば60km行きますよ』と言われて、一瞬その気になるが、今がリタイアするチャンスである。

着替えへと向かったら、最高齢選手のN師が着替えていた。ご挨拶。自分より20歳ちょっと年上なのに今年も出られていた。実はお会いするのを楽しみにしていたのだ。N師がいるから出たというのもある。背中を追いたい方である。このへなちょこブログをご覧頂いているとのこと。恐縮過ぎる。

お知り合いにサヨナラの挨拶とぐるりとコースを回る。でも、ポケモンgoを始めたら夢中よ。さっきまで混じって懸命に走っていたのに... 選手の横を歩きながらゲームをするという、一般のおじさんになりきってしまった。

信濃町駅に着く頃には、頭は快調になった。良かった。
家に帰ったら孫2号がいた。いっしょにお風呂で遊んでご機嫌よ。



by nao-yamaniiku | 2016-12-17 21:18 | 24時間走 | Comments(2)
神宮外苑24時間走の作戦
モチベーションが上がらないのは、このレースに関しての記事が少ないのが表している。レース後のダメージが大きいのは分かっているので、身体を心配している。
去年、このレース後、20日ほどで病気で倒れてしまったトラウマがある。
寒くなったせいか、気のせいか、本当に悪くなったか、この2日間は頭が怠い。
気が乗らないのは、練習不足から来るものである。それだけなら、ムチ打って参加もある。でも、今年は無理しない方がいいだろう。
明日になって、調子が今ひとつだったらDNSすべき。それが正しい選択な気もする。

明日は行くかどうか分からないけれど、とりあえず明日の作戦...

去年は、200kmオーバー目指して、ペース、給水・給食、防寒対策など計画していた。

今年はというと。
給水・給食については、スポーツエイドジャパン御一行様なので、エイドはおまかせメニューでいいや。
防寒対策はバラクバラを買ったぐらいで去年と同じ。
問題はペースだ。

去年は、出来るだけキロ6分以内で走り続けようと走った。今年はそんな走力はない。この手のウルトラは、練習で走った距離が結果に繋がるのは承知である。
今年は、ロードの最長距離は25kmほど。トレイルでもFun Trails 50kの52kmが最長である。もっとも10年以上前は、これでも長い距離を走った方と言えた。

気持ちいいペースでいい。出来れば選手の後ろで走りたい。ペースが合えばだけどね。コバンザメである。
頭がヤバイと思ったら休憩。今回は考える時間がたくさんあるので、『病は気から』病が発症しそうである。
そのため、ガーミン、時計はしないかも。距離を追わなくてもいい。

終電で自宅まで帰れるのが、信濃町駅発23時23分らしい。
最初に止めるなら22時半ぐらい。
2年前は17時間で止めて信濃町駅から始発で帰った。その時の距離は137kmほど。

こんな弱い選手は自分ぐらい。今年はさらにレベルアップして、走力のある御仁が多く参加している模様。参加者のサブスリーは当たり前な走力なのである。
こんなレースにエントリーして、ホント、大バカ者だ。身のほど脇まえろ。
明日は嫌だなあ。


by nao-yamaniiku | 2016-12-16 21:28 | 24時間走 | Comments(2)
しょうがないなあ
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自分の置かれた状況を客観的に把握出来ないのである。
目標にすると無理してしまうので、エントリーしたことを今は忘れよう。夏が過ぎて体調を見ながら対策を立てればいいや。

しかし、今年はお知り合いが多く参戦するよう。全員、自分より実力はあるランナーばかり。無様な姿を晒すのか、励みになるのか。まっ、naoさんのことなど眼中にないだろうけどね。こういう事に一々気にする事が脳疾患の元なのである。チキンハートよ去れ、である。

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昨日は某SEAに行った。ショッピングセンターやテーマパークの場合、同じところを何度も歩く。とにかく無駄に歩く。
12時間びっちり歩かされた。ものすごく疲れた。足が棒。
たぶん、12時間走る方が気持ちが楽である。
アトラクションも物によっては頭や心臓に良くない。休憩できるのでショーは好き。30分ぐらい船を漕いでいると、あとからたしなめられるけどいいのである。
しかし、ビッグバンドビートは、今まで見たミッキーの中で、1番レベルが高いと思った。(あくまで素人の私見)

あまりのヘロヘロさに『本当に日頃、走っているの?』と疑われそう。だけど、今は『病後だから』という言い訳が出来るのだけが利点である。
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テーマパークに24時間いるのと24時間走るのどっちがいい?』と問われれば、『走る方』と答えるだろうなあ。




by nao-yamaniiku | 2016-06-10 20:04 | 24時間走 | Comments(4)
神宮外苑24時間チェレンジ雑記
昨日に続き神宮外苑24時間チャレンジのレースの雑記。書き忘れたこともあるので…

・ガーミンは1㎞ごとにラップを取った。3年前に買った910XTの持続時間は、公称20時間であるが、最近は15時間ぐらいでバッテリーが怪しくなっている。そのため12時間経過した辺りで、いつものように走りながら充電をした。充電時間は40分ぐらいだったかな。充電器をポケットに、コードをガーミンに付けるけど、走りにはほとんど影響しない。充電していることを忘れてガーミンを見たり、でも充電中の表示である。その時間は距離と時間の計測は動いているが、ラップの確認は出来ない。
ガーミンの距離はオフィシャルとほぼ合っていたので、現在までの距離と今の1㎞のペースを知るには非常に有効だった。
24時間走はガーミン君が一番のお友達である。

・HOKAラパヌイはアウトソールはなくなっている。履いた感じは自分の在庫シューズの中ではピカイチなので選択した。でも、11時間、105㎞を過ぎると足底が痛みだした。アウトソールがない影響かも。すぐに予備のHOKAスティンソン・エボに履き替えた。履き替えた直後は、右の足指の感じがすんなりしなかったが、足底が痛くなることはなかった。シューズを替えて正解だった。ついでにソックスも替えれば良かったが、時間がもったいないので止めた。でも、替えた方が良かったかな。

・ウェアの着替え
昨日、ブログに書いたウェア。時間がもったいないので初めから着替えをするつもりはなかった。(一応、着替えは持っていた)夜は想像より寒くなく助かった。でも、ウインドジャケットを着て、ニット帽、ネックウォーマーを付けた。日が上がって脱ごうかと思ったが、脱ぐ時間がもったいないし、それほど影響しないのでフィニッシュまでそのままにした。

・食料&水
スポーツエイドジャパンが担当なので問題ないと思っていた。でも、500mlペット2本の自作ジェルを用意した。あとは持ち込まなかったが、ヤッさんからジェル、大福、カロリーメイトなど頂いた。
最初は40分、あとは1時間ごと、疲れて来て5㎞ごとぐらいにエイドに寄った。
水分はいつもコーラだけど麦茶が主体だった。あまりコーラを飲む気がしなかったのは気温のせいかな。でも、乾燥していたので喉は乾いた。
自分の用意した自作ジェルなどは、荷物までの30mを行くのが面倒であった。でも、自作ジェル、ヤッさんからの食料は完食した。エイドの食料はいろいろなものを食べた。
レース中にお腹が空くことはなかった。気持ち悪くもならなかった。

・トイレ
本部からコース上100mぐらいの場所が24時間使用出来る。回数は6回ぐらいかな。24時間起きている時の回数としてはこんなもんだろ。寒さもあるしね。(大)はなし。下腹部が痛くなる、重たくなることはなかった。1325mごとにトイレがあることになるが、いつものレースと違って我慢はせず、尿意があったらすぐに寄るようにした。我慢しない方がいいに決まっているのである。

・走りについて
6時間までは問題なし。10時間を過ぎて来ると疲れでペースを落としたくなる。でも、無理はしない程度で粘った。エイドに寄ってストレッチをすると少しリセットされるが、走り始めはペースが上がらない。でも辛抱すると1㎞ほどで、またペースが戻る。この繰り返し。そして繰り返しが徐々にペースダウンとなる。
同じ動きなので、足、お尻、腰、腹、腕を叩いて刺激を入れたり。チョコチョコと足さばきを変えたり。歩きはしなかった。一度歩くと歩き通しになりそうな感じだった。なので24時間コース上では走っていた。
気持ちがしっかり入っていれば、10時間ならキロ6分は切れるペースで走れそうである。

まあ、こんなところかな。


レース翌日の筋肉痛を恐れていた。だけど、歩けないほどではない。筋肉痛ならFTR100の方が断然辛かった。ただ、ジワジワとした疲労感はある。背中から腰にかけて重たい。山とロードの違いなのかな。FTR100は筋肉系のダメージ、24時間走は身体の芯のダメージという感じである。

内臓は大丈夫そうなのでたくさん食べている。だけど、ちょっと胃が重たい感じはする。
試してみないと分からないと思い、今回、レース後のケアにBCAA系のサプリメントを食事と共に摂取している。なんとなく効いている感じで疲労抜きがいつもより早いような気はする。

今日はいつもの祝日と違い出勤するサラリーマンが多かった。年末に向かって自分と同じように要領の悪い奴がいるんだなあ。

昭和30年生まれは、若い頃は仕事が第一と教えられて来た。時代が変わっても染み込んだものはきれいにならず。2日に渡るような長いレースの場合、翌日の出勤する時、何故か後ろめたいのである。悪いことをしているわけではないが… 『ちょっと遊んで来てすみません』って感じかな。まったくしょうがねぇなあ。
年末までは何かと忙しい… 









by nao-yamaniiku | 2015-12-23 22:43 | 24時間走 | Comments(2)
神宮外苑24時間チャレンジ
最近はウルトラマラソン人気も人気上昇中。でもまだ24時間走に手を伸ばす人は少ないようである。挑戦するなら今のうちかも。今回は来年の世界選手権が中止で予選は兼ねていなかったが、神宮外苑は24時間走の日本選手権という位置付けのようである。
また、同時に12時スタートの50㎞走、17時スタートの12時間走、23時スタートの6時間走というカテゴリーもある。
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毎年、秋に実施されているが今年は12月の年末に近づく19日(土)11時がスタートであった。時期的に寒さも気になるレースとなる。寒さ対策といっても早朝走る恰好を用意すればいいだろう。問題は24時間外にいることだけど、大都会なので山に放り込まれるよりは楽だろう。

9時半頃、会場に着き受付。昨年は荷物置き場が一杯だったが、今年は余裕があった。すでに着替えもして来たので、ゼッケンとチップを付けて準備完了。この世界はチームの方も多く、みなさんお馴染みのようだけど、お知り合いのいない自分はやることもなくブラブラしていた。トイレに行こうと歩いていたらヤッさんが歩いて来た。なんとレースが始まったら渡すことが出来ないからと食料を持ってきてくれた。小江戸大江戸に続いて感謝です…
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10時半過ぎに開会式が始まりスタート位置に着く。出走者は男子114名女子22名の計136名のよう。その他にハンドラ―と呼ばれる選手のサポート者が20名ぐらいいたかなあ。まあ、実力のない自分にはハンドラ―はお呼びでない。
11時スタート。1周1325mを反時計回りにひたすらに周回を続ける。早朝ランと同じようにガーミンで1㎞ごとのラップを計って参考にする作戦。最初はキロ5分45秒のつもり。最初はジャストキロ6分だった。スタートロスもあるから同じペースで進む。次の1㎞、キロ5分41秒。以下このペースを続けて走る。
でも、最初のうちは抜かされることが多い。だけど慌てない。みんな速すぎるのである。

今回は、なるべく早くから給水、給食をするつもりだった。そのため40分で一回目のピットイン。アクエリアスとパン、おにぎりを食べる。まだこの段階でエイドに寄る選手はいない。
やはりさすがのスポーツエイドジャパン御一行様である。エイドの内容はピカイチである。地方から来たと思われる選手が『ここのエイドいいわ』と言ったのを耳にして、内心『そりゃそうだスポーツエイドジャパンだぜ』と胸を張ったり… スタッフの皆様は選手以上に寒くて眠くて大変ご苦労されたと思います。とても感謝です。

ウェアは、キャップ、首に手ぬぐい、上はアクティブスキン+長そでシャツ+TREKNAOユニフォーム、下はインナーパンツ+シャカシャカパンツ、シューズはHOKAラパヌイ。
まず、分かったこと。冬でも日中に走るのは暖かいということ。しばらくグローブはポッケの中だった。

最初の10㎞は60分かからないぐらいだった。キロ6分で行くにはエイド時間もあるので5分45秒ぐらいがちょうどいい。最初のペースとしてはまずまずかな。
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コース状況は、絵画館の周りを一周するコース。うわさ通り取り壊ししてしまった国立競技場側に会場がある。こちらは南側で日当たりも良く暖かい。でも信濃町側のバックストレートは逆風になり走りづらい。なので本部会場付近に戻るストレートは追い風気味で走りやすくなる。ガーミンで見たら1~2mぐらい信濃町側が高くなっていてるのでやや下り基調か? 信濃町側の駐車場入り口手前の歩道に舗装の修理の後があり、そこを通る時につまずかないように気をつけなくてはならない。

これがいいのは、時間が経つにつれて疲れて来ても本部会場前を通る時には走りやすいので、『もう一周』と気持ちが強くなれること。逆の方に本部会場があったらついついエイドに寄ってしまったかも。

13時スタートの50㎞走が始まると、短距離選手に抜かされるがごとく抜きまくられる。14人のエントリーのうち10人はフルマラソンのタイムが2時間33分を切っているようである。間違ってエントリーしたら大変なことになるので注意である。またドーハの世界選手権の予選も兼ねていてレベルが違う。もっとクローズドサーキットで別な場所でやればいいのにと勝手なことを思ったり。

スタートは昼間の11時なので日が暮れ始める16時頃までは割と元気。この辺までは1時間に10㎞はキープ出来ていた。17時までの6時間はキロ5分台で走れていた。
偉かったのはガーミン君だった。今回のガーミン君の言っている距離はオフィシャルの距離とほぼイコール。一週ごとに計測マットを通過。前方のモニターに距離、周回数、時間が映る。モニター画面のが47.7㎞、ガーミンは47.6㎞となかなかやるじゃんとホメたり。どうやらガーミンは山より平地の方が得意のようで自分とは逆である。
心拍数は上げないので心拍数管理はするつもりがなかったので、心拍ベルトは付けなかった。

日が暮れる頃にはだんだんくたびれてくる。kurisukeさんご夫婦の応援はこの辺りじゃないかな。この頃はダレないように気持ちが入っていた。

17時前には真っ暗になり深夜の戦いになる。この辺りまでは1時間に一度のエイドを続けていたがペースを維持するのが苦しくなって来た。自然とキロ6分を越えて来たのはこの辺りかな。
ブログで目標は180㎞。あとは200㎞にどれだけ近づけられるか、なんて書いたけど、ずばり目標は200㎞である。エイド・トイレ諸々含めキロ7分12秒をキープしなければならない。走力のない自分には厳しいところである。
12月に入って300㎞走ったが、とにかく足を蹴らない、足は地面に着くだけというのを意識した。同じ動きが続くのでたまに手で足、腰、肩、腕を叩きながら走る。足さばきも小刻みにしてみたり。

17時を過ぎたらそーけん練を終えたメンバーのみなさんが応援に来ていた。声援には本当に感謝です。ちょっと苦しい時間帯だったので助かった。
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写真はsasashin女史より。

20時ごろにまだそんなには寒くなかったが、自作ジェルを補給するついでにウィンドブレーカーを着る。寒いけど動いている分には大丈夫である。この時点で明け方になっても寒さは平気かなと思った。
走りながらずっと考えていたのは、例えは20時が過ぎて9時間経過。あと15時間だという、あと何時間走れば終わるということではない。目標が200㎞なので12時間で110㎞と思っていた。9時間で85㎞走った。じゃあと、12時間になる3時間で25㎞走れるか、ということ。200㎞の残りの距離と残りの時間を常に気にしていた。そのためには、エイドのロスもあるのでキロ6分台をキープし続けなければならない。

暗がりはいつものランで慣れているはず。でも、意外と路面は暗かった。マイコースのプリンスの丘あたりの方が断然明るい。これは予想外だった。でもたいした影響はない。一応、暗くなってからメガネもかけた。

20時を過ぎると17時スタートの12時間走の選手がプラスされたが、徐々にコース上は寂しくなる。途中で止めるなら電車が動いているうちがいい。
食料は、上述したようにエイドは充実していると思っていたが、自作ジェルをペットで2本用意して12時間ごとに一本ずつ飲むつもりでいた。今回は、だいぶ胃腸の調子が良く何を食べても快調だった。

気にしていた100㎞は10時間21分だった。70㎞以降はキロ5分台を保てなくなったけど、100㎞を9時間台で走ることは出来そうな気がした。まっ、現実は甘くないだろうけどね。

11時間過ぎに足底が痛くなった。躊躇せずスティンソン・エボに履き替える。この時の1kmのラップが14分越えで最遅になった。

1.325㎞の周回で前後にゼッケンがあり、大きくフルネームが書かれている。なので自然と名前を憶えて行く。同じメンバーに抜かされて、同じメンバーを抜いて行く。
男女のウルトラのトップランナー達が歩いていたりペースダウンしたりしている。抜かす時に一瞬、躊躇してしまう。調整ミスか故障かは分からないけど、優勝・入賞という目標は無くなったにも関わらず周回を重ねている。これには胸に迫るものがあった。24時間走は、例え100㎞だろうが250㎞だろうが休まず周回を重ねた者が勝利者なのだ。深夜の時間帯はグッと選手が少なくなったが、遅々たる歩みの選手を抜かすたびに『オレもがんばる』と思った。
そして、一番リスペクトしたのは、77歳の最高年齢選手である。昨年もお会いしてお声をかけて頂いた。たぶんほとんど休まれなかったと思う。何度も抜かした。背中に迫るたびに『オレは今ここでペースダウン出来ない』という励みを頂いた。果たして20数年後オレは肩を並べているだろうか?そんなことも考えていた。まだまだその背中は遠く追いつけないのである。
24時間走は同じコースを周回し続けるので、他のレースでは味わえないことが体験できる。

23時前にこれから東京~箱根挑む新撰組さん一行様が応援に来ていた。
12時間は113㎞だった。まずは思惑通りである。が、足はいっぱい。でもまだキロ6分台をキープ出来ている。
23時で6時間走の選手のスタートになる。出場者は少ないみたい。12時間走の選手もこの辺りでペースダウンしている選手が目立つ。
午前0時を過ぎるとガクンと選手は少なくなる。24時間走は12時間を過ぎてから勝負と言われるがまさにそうである。眠くてフラフラしている選手もいる。幸いに自分は前日にいつもと同じ6時間程の睡眠が出来たので大丈夫。この辺はキツイが打たれ強さがあるぜ、と自画自賛してモチベーションを上げていた。

でも、140㎞を過ぎるととうとうキロ7分台に突入。まあ、仕方なし。エイドの頻度も多くなる。乾燥しているせいか喉が渇く。暖かい飲み物もあったけど、飲むのに時間がかかるのでコーヒーを1杯飲んだだけ。あとはコールド。主に麦茶、アクエリアス、コーラといったところ。
トイレ休憩は小だけ6回ぐらいかなあ。お腹は重くならなかった。
エイドでストレッチしてから出て行くが、このあたりになると走り出しがぎごちなくなって来る。しばらく走ってこなれて来る感じである。日頃の股関節のストレッチの効果か、股関節が痛くなることはなかった。
しかし、夜が長いよ。冬至が近いからなあ。

5時になるといつも走っている時間帯になる。寒いけど武蔵村山ほど寒くない。なので用意したホッカイロは使わなかった。でも、頭が冷え出したのでニット帽とネックウォーマーをする。冷えには気をつけなきゃね。
少し眠くなっていたが、この時間帯になると目が覚めて来た。やがて6時が過ぎて徐々に明るくなり始めた。ようやく暗闇が終わりである。

7時なると明るくなり、いつの間に選手が多くなっていた。
自分は、すでに限界が近づいてきている。あと4時間で25㎞ほど。180㎞はクリア出来る。あと25㎞だけどもう歩きたい。歩いたら200㎞は行かない。がんばりどころである。

本当に残り4時間が辛かった。苦しかった。痛かった。180㎞が目標だったら歩いたよ。でも、この競技は何度も自己ベストをチャレンジ出来るような種目でない。今回で決めなきゃ次はないと思っていた。

残り3時間で18㎞。この1時間はがんばった。残り2時間で11㎞。この1時間もがんばった。誰か代わりに10㎞走ってくれい、なんて思ったり… 200㎞は見えたけど、もう足が痛くて走りたくない。左ひざが痛い。左ももが痛い。右の足先が痛む。
でも、自分は必至こいて走っているが、周りの選手は元気になって来ている。残り1時間で3.5㎞まで詰めた。

そしてガーミンが200㎞を知らせたのは計測マット目前だった。モニター画面を見る。『200.』の文字が見えた。やった!
もうヘロヘロ。でも時間はあと30分近くある。残り1時間になってからギャラリーが多くなっていた。
今まで歩いていた人や抜かしていた人がペースを上げてる。みんなに抜かされる。これには納得出来んなあ。見学に来た人からみれば、明らかに自分は負け犬である。M嬢も応援に来てくれたがいいところが見せられなかったよ。トホホ… 

最後の一周になって、神宮外苑並木道の所で24時間選手を応援していた女史に、御礼の挨拶をした。誰を応援していたか知れないが凄いなあ。
24時間は大会本部より300mほど手前で終了。ガーミンでは202.5㎞なので公式距離も同じぐらいだろう。
終わったら倒れ込むかと思ったが、倒れ込むより早く着替えたい。
表彰式もあるようだけど、それどころではない。必死こいて着替えて、激痛の身体で帰った。
あまり感慨とかはなかった。とにかく早く家に帰りたかった。

主催者、スタッフ、応援のみなさま、ありがとうございました。


レース当日は、次の日はどうなるものかと思った。でも、意外と思ったほどの筋肉痛はなかった。昨日は少し走ってみた。
だけどダメージは大きいに違いない。しばらくはおとなしくしていた方が良さそうである。

*後記 正式記録202.482km 24位/114人(男子)


by nao-yamaniiku | 2015-12-22 23:56 | 24時間走 | Comments(6)
神宮外苑24時間チャレンジ結果
とりあえず、大目標の200kmオーバー。
たぶん、202.5kmぐらい。
公約通り、24時間走れ続けた。これが何より満足。
足が痛くて歩けず...
明日からの仕事が恐怖である。
詳細報告は時間がかかるかも。時系列に思い出せない。でも、ウルトラの走り方、出場選手に感動したこと、勉強になった。

by nao-yamaniiku | 2015-12-20 18:54 | 24時間走 | Comments(2)
神宮外苑24時間チャレンジの目標
第10回神宮外苑24時間チャレンジのレースガイドがメールで送られてきた。昨年もページ数が多かったが今年も24ページある。
競技規則は、国際陸上競技連盟、日本陸上競技連盟、国際ウルトラランナーズ協会に準拠するものなので、例えばコース上での携帯・スマホの持込み禁止などもある。ウルトラというとなんとなく緩い感じがするけど、外部からの補給も一切出来ない。昨年は応援の方からジェルやお菓子など差し出されたが、頂くわけにはいかなかったのである。しっかりしたルールがある。
24時間走のエントリーは160人ほど。スタートは140人~150人ぐらいかなあ。サブスリーは当然の参加者が多く、レベルは高い。
コースは神宮外苑の絵画館の歩道の一周、約1325mをひたすら周回するものである。
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非常にいい案配で400mトラックの拡大版になっているのである。
何かと話題の国立競技場のそばがスタート地点、エイド地点でぐるりと反時計回り。周りを逆にすることはない。昨年は国立競技場が右手に見えるとホッとした感があったっけ。

過去24時間走は2回経験がある。
2011年5月にUTMF中止を受け、代替として選んだスポーツエイドジャパンの所沢航空公園が1回目。
この時は、気温30℃まで上がり暑さで苦しんだ。5時間もすると何故か大腿四頭筋がケイレン気味になり、以後、大腿四頭筋が痛くて辛かった。結局173㎞ほどしか走れなかったが、歩くより遅いスピードになったが、あまり休憩をしないで走りきった。
2回目は昨年の神宮外苑である。神宮外苑の場合、ハセツネと時期的にかぶる場合があり、なかなか参加するのが難しかった。でも、昨年は11月8日の開催でハセツネから1ヶ月ほど経っており、今年がチャンスと思いエントリーした。
結果は17時間で終了。距離は137㎞だった。自分的にDNFのつもりったが24時間走の場合、フルマラソンの距離を越えたら完走扱いになるみたい。ハセツネ終了後に再発した右の足底筋痛が徐々に痛み出した。歩くことは出来るが、ちょうど前日手術した身内のことも気になり途中で終えた。気持ちが負けたレースだった。

今年は早くからハセツネが10月末ということが決まっていたので、神宮外苑が11月上旬では厳しいと思って諦めていた。当然、いつかリベンジしなければとも思っていた。
だけど、レース日が12月19日という情報が春に入り、がぜんヤル気になった。もっともハセツネと24時間走の間にFTR100を入れてしまったが… おバカである。

今年は年明けの1月から山とウルトラの対応をして来た。小江戸大江戸前の2月は40㎞以上走った日が7日と距離を稼いだ。その後、5月に富士山一周100㎞、6月はオクム、7月下旬は、富士山頂往復114㎞と月一度ウルトラレースに参加した。
8月からはハセツネのため山が中心となった。ハセツネ終了後もFTR100があり、レース前にウルトラロード練習が出来たのは12月に入ってからである。
一応、13日間で300㎞走って、なんとなくウルトラの走り方を思い出した程度でレースを迎えることになる。

24時間走というと、どちらかとういと暑い時期に滝汗になりながら苦しむというイメージがあったが、今年は冬のこの時期である。暖冬で例年より寒さは厳しくない。これまでは… でも、週末にかけて寒波が来て冬らしい日になるという。今夜も寒い。
寒さ対策といってもいつもの冬の練習と同じ。山のレースではないので、寒さはさほど心配はしていない。だけど、24時間、外で寒さにさらされるので楽なわけではい。

レースプランとしては誰もが同じ。自分の場合、キロ6分ぐらいでスタートして、あとはどこまで持つかということ。だいたい3時間、6時間、9時間、12時間ぐらいでガクンとペースダウンして行くだろう。12時間過ぎたらどうなっているか分からん。
目標は走りきる(歩ききる)ことである。同じ動きなので同じ部位を酷使する。しかも真っ平、景色は同じ。精神的にもキツイ。冬至に近いので14時間は暗がりのランになる。当然、足は痛くなる。もの凄く痛くなる。でも、痛くなっても走る。走れなくなっても前に進む。24時間、歩み続けられたら自分に勝ったと思おう。
とにかく自分が納得出来るレースにしたい。そのためには『誰よりもコース上にいる』ということかな。自分よりレベルの高い参加者と競うにはそれしか出来ないし、そう出来るよう練習してきたつもりである。
目標距離は180㎞。あとは200㎞にどれだけ近づけるか。

今年1年は、2月の青梅から始まり、FTR100までの10レースでほぼ結果が出せたと思う。どのレースでも『力不足』という感はあった。でも『練習不足だった』とは思わなかった。もう『練習不足』と言って誤魔化すことはやめたのである。そのために自分なりに一生懸命練習して来たつもりである。
今シーズン最後のレースだけど、少なくとも『1年間、練習だけは積んできた』と言えることが自分の誇りである。
がんばります…


<でも、ぼやき…>
今週はやはり年末の駆け込みで忙しい。朝は早かったり、昨日今日と忘年会もあったり。どうせレース前の調整であまり走るつもりはなかったので、都合がいいと言えばそうだけど。明日なんて朝9時までに仙台なんてどこから行くと思ってるんだよ。前日乗込みなんて出来ないんだぞ。帰りも遅くなりそう… なかなかガチのレースはこの時期難しい。それにレース後のダメージを考えると来週の仕事が思いやられるよ…
なんて、みんなも同じだけどね。


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by nao-yamaniiku | 2015-12-17 23:15 | 24時間走 | Comments(2)
神宮外苑24時間走
11月10日(月)
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結果は、17時間、104周、137.8㎞で終了。
歩いてでも…という完走は出来ませんでしたが、自分的にはまあまあだった。

反時計回りで、1325mの同じ場所を回るのは、飽きてしまう。
国立競技場が見えるとエイドのあるスタート地点まですぐそこ。
毎周、国立競技場を目指して、見えるとホッとする国立競技場フェチになってしまったのだ。

スタートからキロ6分20秒前後で進む。
足底はこのぐらいのペースだったら、鈍痛はあるが大丈夫。
だけど、かばっていたのか、7時間過ぎで右の小指が激痛。
肉刺がつぶれて靴下が血で染まっていた。
バンドエイドを貼り、その後。12時間ぐらいまでは気持ちよく走れたと思う。
休憩は、1時間に一度ぐらい。
予想していた雨は降らず、快適な気候だった。
朝の電車の方がよっぽど寒かったよ。

だけど、13時間を過ぎてから、やはり右の足底が痛むようになる。
肉刺が潰れた小指もヒリヒリする。
15時間過ぎると、なんとか走っているという感じになってしまった。
体力的には、まだ行けそうな感じ、左足は、快調なんだけど…

『歩いてでも完走…』もと思ったが、11時フィニッシュまで、どのぐらいダメージがあるかと思うと・・・ 
それに、金曜日に再手術をした身内の見舞いもあり。
あっさり、始発で帰れるよう4時での終了を決めてしまった。
最近、こういう『あっさり型』になってしまった。

今のところ、後悔はなし。
なんとなく24時間の走り方を教えてもらったような。
エントリー128人中、54名がサブスリーランナーというハイレベルな参加者が多数。
何時間経っても、同じリズムで彼らに抜かされる様は、みじめであったが、『なるほど』と感心させられた。
今は、『次を…』と考えられないが、生半可な気持ちでは24時完走は難しいと思った。

レース中、深夜にも関わらず、「naoさんがんばれ」とか、自分の名前を応援して頂いた。
応援して頂いたみなさんのニックネームを書きたいところですが、漏れもあると申し訳ないので割愛させて頂きます。
ありがとうございました。
主催者のみなさまも24時間以上、準備や片付けで本当に感謝です。

始発で帰って、12時前に叩き起こされ、なんとか見舞いに行った。
病院では、誰が病気なのか分からないぐらいフラフラだった…

1時間9.38㎞
2時間9.56㎞18.94㎞
3時間9.69㎞28.63㎞
4時間9.68㎞38.31㎞
5時間9.43㎞47.74㎞
6時間9.03㎞56.77㎞
7時間8.61㎞65.38㎞
8時間7.88㎞73.26㎞
9時間8.71㎞81.97㎞
10時間7.97㎞89.94㎞
11時間8.02㎞97.96㎞
12時間7.77㎞105.33㎞
13時間7.67㎞113.4㎞
14時間6.25㎞119.57㎞
15時間7.36㎞127.01㎞
16時間5.94㎞133.95㎞
17時間4.90㎞137.85㎞
*時間はガーミンのラップを1時間ごとに取ったがズレあり。


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by nao-yamaniiku | 2014-11-10 09:33 | 24時間走 | Comments(0)

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