nao山に行く

2016年正月明けにくも膜下出血で生死をさまよう。なんとか生還し山のレースに再チャレンジ目指しています。
カテゴリ:ハセツネ徒然( 71 )
ハセツネ備忘録
取り止めなく備忘録。

・食料
マルトデキストリン500g+ハチミツのペットボトル2本。
安いゼリー4個、ワンセコンドCCD1個、ザバスピットイン2個、デニッシュパン1個。
デニッシュパンはいつもと同じく三頭山の登りで食べるが、パサパサで喉が通らず。水を飲まなければ飲み込めず失敗。1/3ほど残った。来年はしっとり系のパンかゼリーかジェルに変える。
胃腸の調子は快調だった。これは自慢できるぜ。

・水
ハイドレに2リットル。自作ジェルの水分換算700mlの合計2.7リットル。ハイドレは無駄飲みが無くていい。自作ジェルが入ったドリンクは甘くて逆に喉の渇きをしたりした。第二関門で自作ジェルドリンクは完飲。ハイドレは500mlほど余っていた。水が足りない人が多いみたいだったけど、自分は大丈夫だった。
第二関門では、ペット500mlにポカリスウェット。ハイドレに水を1リットル給水した。余りの500ml合わせると第二関門で2リットルになったので、いつもは必ず給水していた綾広の滝はスルーした。順番待ちもあったしね。フィニッシュ後は700mlほど余っていた。
水は体調によって摂取する量が違うが、次もこれでいいかな。

自分としては、水、食料共、ちょうど良かった。ただ、食料がギリギリだったので、もう少しタイムがかかると足りなかったかも知れない。


・ライト
今回は腰ライトをやめてヘッドライトとハンドライトにした。あまりにもガスが多くてあまりライトの良し悪しは関係なかったのでは。
最初、ヘッドライトのバンドがメガネをかけた左耳に干渉して気になったが、そのうち忘れた。
電池は大ダワでヘッドライトを交換。交換電池の単3はダイソー製である。大ダワからHIにして使用したけどフィニッシュまで光量が下がることはなかった。まあ、レースはともかく、普段のナイトラン練習なら100均で問題ないかな。
ハンドライトはジェントスのSG307。この電池は高いので光量がギリギリになるまでとセコイ考えあり。大ダワで換え電池をポケットに入れた。今回はガスのため、バンドライトを多く使ったが、電池交換なしでフィニッシュまでたどり着いた。
しばらく夜の部はこのパターンでいいかな。
日の出山からは視界良好になり飛ばせた。

・メガネ
トレイルランナーはメガネをかける人は少ない。コンタクト使用者が多いようである。でも、naoさんはそんな面倒くさいこととコストがかかることはしない。
メガネはJINSの度付き色眼鏡(普通カラーレンズという)。この春から使っている。前は真っ黒なのを使っていたが夜はイマイチ。今回初めてバイク用にもとブルー系の濃度25%にしたが、夜間でもまったく問題なかった。
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・レースのこと
レースが終わって皆さんの感想は『暑かった』である。確かに暑かった。でも、真夏の山よりはマシだったので、自分的には普通の暑さと思っていた。
でも、3時間で浅間峠まで行く実力者が、プラス15〜20分余計にかかっていたので、やはりコンディションは良くなかったのかな。
そう考えれば、自分が3時間50分かかっても仕方がないか。

今回の渋滞は広徳寺先から。
これは酷かった。スタートから1kmちょっとなので、2500人近い人がスタートゲートを一人づつ出て行くのと同じ。1人1秒だとして10分で600人。こんな感じだろうか。この辺の渋滞は永遠の課題だろうが、何しろ参加者が多過ぎなのであろう。
あまりにここの渋滞が酷かったので、その後はバラけたのか自分のポジションではその後、渋滞はなかった。

自分の失敗は醍醐丸の登りで調子こいてしまったこと。ここでペースを上げてはいけないのである。おかげで三頭山の登りまではヘロヘロになってしまった。

三頭山に近づくにつれ道が悪くなった。しかもガスで足元しか見れない。痙攣もある。元気でもあのガスの中で飛ばすことは出来ないな。

第三関門からはペースアップ出来たが、これはいつも出来るとは限らない。忘れよう。

今年からコース標識が変わった。まあ、問題ないと思うが、ちょっと小さいかなと思った箇所もあったし、行くべき方向が分からないこともあった。
ガスもあり初めての参加者の方は難儀した場面もあったと思う。何度も通っている自分でも?ということがあったし、ロストもした。

小和田橋の下りでハリ天狗師を前方に確認も見失ってしまう。15kポストでリキさんからすぐ前にいるとの情報。以後、なんとなく追っていた。実はどこかで抜かしたようである。そして、三頭山の登りで痙攣している間に抜かされたみたい。追いかけたい背中を追ってのレースだった。その部分だけ切り取ればまあまあ楽しかったかな。
でも、先にフィニッシュしないとなあ。まだまだである。

・応援
今年もたくさんの人から応援頂いた。嬉しいし励みになる。普段、一人で走っているので、こういうことはとても新鮮なのである。
体育館では毎年のごとく山トピ様にお世話になった。感謝です。



・これから
レース後はすぐに酷い筋肉痛になった。足は傷だらけ。右足裏にタコが出来たみたいで痛む。とにかく今日は歩くのは大変な一日だった。
でも、頭関係はまったく問題ない。だいぶ回復が進んだ手応えを感じた。何よりこれが嬉しいことである。調子に乗らず今まで通りケアを忘れずに行こう。


昨日のブログにも書いたけど、リタイアする時は、ハセツネで関門にかかるようになった時と思った。
だけど、それまでにまだ少し時間がありそう。元気なうちに挑戦したいこともある。

まあ、とにかく休んでからだね。


by nao-yamaniiku | 2017-10-10 22:35 | ハセツネ徒然 | Comments(2)
休養の日
久しぶりにまったりとした休日だった。
ワンコの散歩だけしか外に出なかった。たまにはいいだろう。
やっぱり、こういう時は孫の面倒をみさせられるのが鉄板である。案の定、ジィジが暇してるのを聞きつけて、14時から夜まで孫2号と2人きりになった。でも、最近は勝手に遊んでくれるので、だいぶ楽になった。30分だけキュウレンジャーの敵の役で、何度か『参った』と負けていればいいのである。負けるのは慣れている。

あれこれしているうちに、ハタとハセツネコースの地図でも見ようと思った。最近はコース図を見ることはなくなった。山と高原地図でもいいが、ポイント間の距離が知りたかったのである。昨日の連行峰までのオフィシャルの距離とかね。
でも、なかなか見つからなかった。その代わり懐かしいものが出て来た。

トレーニング日記なんか読んだり。
ランニング三年目ぐらいで、5kmのタイムトライアルが18分39秒なんてある。しかも、まだ1分は短縮出来るようなことを書いておられる。ホントかよ...  今となっちゃ全然違う人である。あの頃のことは全然覚えていないのである。
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最初に出た第2回のハセツネのパンフレットも出て来た。
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コースもレギュレーションも今とほとんど変わっていない。
第1回は逆コースだったけど、第2回からは今と同じ方向のスタートになった。土曜日のレース開催でスタートが10時だった。翌年は15時スタート。スタート時間が揺れていたよう。

ライトは惣岳山の登りで点灯したのを覚えている。ぶっつけ本番の生まれて初めてのナイトランだったからね。夜の山を走るのは面白かった。
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こんなタイムでも53位だって。エントリー数は1200人ぐらいだった。

このところ走力の低下。加齢?なのかスピードが出にくくなっている。どちらかというと得意なはずの登りでパワーが出ない。
だけど、せめて今年もこのぐらいのタイムでフィニッシュしたいな。

by nao-yamaniiku | 2017-09-17 19:20 | ハセツネ徒然 | Comments(2)
3年...
相馬選手が消息を絶ってから昨日で3年。
1年目、2年目と同じ時期に所感の記事を書いてきた。彼の姿勢をお手本にして来た身としては、毎年のごとく感慨深いものがある。彼は今、どこにいるんだろうなあ。

相馬選手の言っていた『なりたい自分になる』『一年は平等』
もう一度、なりたい自分の目標とそれに向かう1年になっているのか...
病後の状態と相談しながらのトレーニングが続いているが、いつまでも留まっているわけには行かない。パフォーマンスを発揮出来る年齢を考えると、残された時間はそんなにはない。

自分の中では逃げたいが、逃げると後悔するであろうハセツネをどうするか、と思っていた。
ようやくこの2ヶ月ほどで、挑戦権を手に入れた手応えが出て来来つつある。
テキトーにぐるりと回って『ああ、良かった、楽しかった』なんてnaoさんには似合わないだろう。

どうなるか分からないが、苦しんで10時間台を目指すしかない。『苦しんで...』というのはレースでなくて、レースまでの間。身体と心を作って、悩んで、ようやく先が見えるのさ。

<あるインタビューでの相馬選手の答え>
レースにおいて常に心掛けていることは何ですか?

「全力疾走」
調整レースとか、ファンランとか…、そういうのは嫌いです。


by nao-yamaniiku | 2017-07-24 22:04 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
ハセツネ事務局にもの申す…
ハセツネ30kは17㎞の短縮レースになり、本日、グリーンフェスティバルも終了した。これでハセツネ30kはすべて完了。

何も言わないつもりだったけれど、たまにはオヤジの文句も言わせてもらおうかな。文句と言うか『へぇー、そうなの?』という疑問かな。

今回は、前週に降った雪が積もった。そして、レース2日前の金曜日にも雪が降った。コースはさらに積雪したようである。
大会関係者、選手の誰もがコース状況を知りたかったに違いない。雪がはどれぐらいあるのか、レースは開催されるのか?

自分は今回、レーサーでなく伴走者として参加が決まっていた。試走は続けて、パラアスリートと一緒に走ってはなかったけど、なんとなくイメージはつかんだと思う。
だけど、この降雪で事情は変わった。心配だった。果たしてきちんとエスコート出来るか。sasashinさんと相談して土曜日にコースに入ることにした。

でも、これはリスキーなことだった。伴走するパラアスリートは30歳である。伸び盛りのワカモノなのだ。昨年は5時間50分ほどのフィニッシュのようだが、年齢的に1、2時間の短縮は可能である。自分も下手に疲れて、パラアスリートについて行けないなんてことになったら本末転倒である。
だけど、結局、コース状況の確認の方が勝った。

この時の試走はブログにも書いた。

武蔵五日市駅をスタートしたのは、10時半と自分としては遅かった。当然、関係者が山に入っていると思っていた。実際、北沢峠に向かっている時に、10台以上の大会関係者であろう車とすれ違った。てっきり山に入った帰りだと思った。

だけど、北沢峠からの峰見通りは、人が通った形跡はなかった。10kポスト手前から第1関門まで6kmほどは、10㎝~15㎝の積雪が続いた。
雪だからね。足跡があるかどうかは、このマヌケなnaoさんでも分かるよ。
雪のトレイルに足跡はなかった。

不思議だった。なぜ大会関係者はコースに入らないのだろう。積雪があろうがなかろうが、レース前日にコース確認をするのは、当たり前だっと思っていた。いや、自分が通った後にコースに入ったか。でも、それじゃ遅すぎる。コース短縮の情報をsasashinさんから聞いた時は、まだ入山峠に向かったいる最中だった。
なので大会関係者は、少なくとも全部コースに入らなかったに違いない。

でも、ただ一ヶ所、『醍醐丸0.8㎞』の道標のある手前、300mほどから15kポストまでは1人の足跡があった。でも、15kポストから第一関門の下りまでは足跡はなかった。FBの動画はその時の模様である。足跡の主は大会関係者でなかった可能性の方が高い。

コース短縮は降雪の影響でなくて、盆堀林道の法面の崩落だと思った。実際、通った時、これは危ないと思った。
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だけど、ハセツネHPのインフォメーションは…
(ハセツネ30kコース短縮とプログラム変更のお知らせ)として
『3月31日と4月1日までの降雪と4月1日に発生した盆堀林道の八王子側で発生した法面の崩落によりコースを短縮して開催をすることを決定しました…』とある。
(『発生』がダブっているけど原文のままです)
『降雪』って書いているが、全部、確認してないだろう。

大会関係者は、腕に、いや足に覚えのあるトレイルに慣れている人がたくさんいるはず。頼めば何人、何十人もコースに入っただろう。また、いつか大会前に降雪があるかも知れない。後学のために入れば良かったのに…

日頃、映画やTVで観たことがあるような会議室で決まる仕事が多い自分である。せめて、ハセツネぐらい現場主義を貫いてほしいな。
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ここは峰見通の例の開けている降り。初めてここを通る人はどこが登山道か分からない様な状態だった。
自分は、ここを尻もちつきながら降った時、こりゃ、ダメだと思い、レースは中止になると思ったよ。



by nao-yamaniiku | 2017-04-08 21:46 | ハセツネ徒然 | Comments(6)
ハセツネ30kエントリーせず…
このところ、毎週、数日は本厚木・伊勢原方面に出かけている。今から20年ほど前に関わったことが浮上した。意外な形でようやく決着でホッと一息なのだ。やっぱりお金のあるなしでどうにでもなる。

20年ほど前の1997年に伊勢原通いして、お馴染みになったので、翌年の1998年に大山登山マラソンに出たことがあった。38歳のnaoさんである。
当時は仕事が忙しくなり、練習も滞りがちになって来た。だけど、まだ若さビンビンである。ランパンランシャツでロードをガンガン走って、登山道の中腹からフクラハギを攣りながらフィニッシュした。懐かしい思い出である。
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伊勢原駅でポスターが目に止まって、久しぶりというか20年ぶりに出てみようかと検索してみると、とうの昔(11月頃)に締め切られていた。今は大会のエントリーは難しいなあ。

ハセツネ30kのエントリーは、別な意味で難しい。去年、15回完走(1回は反則)のためハセツネ本戦は優遇された。
このレースの男子1000位以内はハセツネ本戦のエントリー権を手に入れられる。そのためハセツネ本戦のための予選という位置付けが大きくなっている。自分的には、コースはつまらないと言う声が聞こえるが、同日の青梅高水よりは走り応えはあると思っている。15回完走してハセツネ本戦のエントリー権が手に入っても、春先のトレイルレースとしてハセツネ30kに出続けるつもりだった。

だけど、改めてハセツネ本戦の1000位までというエントリー権を考えると、自分が出ていいのかな?と思い始めて来たのである。経験の浅い人に譲るべきではないかな。もっとも偉そうなことは言えない。1000位以内に入れるのかよ?である。やっかいな制度なのだ。
それともうひとつ。ハセツネ呪縛が解けていること。昨年のハセツネ本戦のDNSは風邪からの高熱のため。理由はどうあれ、ハセツネは出るのが当たり前だった。いろいろなレースに出ているが、それもすべてハセツネに繋げていたといっても大げさではない。でも、DNSしてみると『なんだ、ハセツネに出なくてもいいんじゃね』と思った。
せっかく拾った命なので見聞を広めるか?ということも思い始めている。おそらく同日開催になるだろう100マイルのkoumiも以前から興味があった。ハセツネ30k5周回分だもんね。
ハセツネに出るかkoumiに出るかはトレニックワールド100マイルが終わってから決めればいいや。

そうは思いつつも、やはりハセツネ30kは興味があり、先日、久しぶりにハセツネのHPを覗いてみた。ハセツネ30kの要項を見ていたら、エントリー費が「10,000円」とあった。
『ゲッ!!』ということで終了。

万年資金不足の初老オヤジの場合、出る出ないはエントリー費が決定打となるのである。
昨年のエントリーの日は、くも膜下で入院して苦しんでいたので分からんが、2015年は8000円だったはずである。125%アップ…
今後、レースを続けられるかどうかは、エントリー費にかかっているのである。トレイルランもお金次第ということ。

つらつらと書いたが、結局、ハセツネ30kのエントリーはしなかった。今日の10時は普通に仕事の行動。池袋駅へと向かう途中に、エントリー試走?にとスマホをいじくりつつ歩いていた。批判をあびている『ながらスマホ』である。プレッシャーもないし、元々クリック戦の負けはなし。待ち時間は長かったが最終画面まで進んだ。クリック戦に弱い人にエントリーキャンプでもするか、なんて。小さくガッツポーズはクリック戦勝利のお約束である。そこでプチっと切っておしまい。


結局、4月の大会は4月22日(土)Fun Trails 名栗に決めた。
元々このコースは、スポーツエイドジャパンが昔やっていたコースに近い。2010年の時にエントリーしていたが、諸事情とやらで宮沢湖ダートに変更になったのである。ちなみに、その時に買ったハイドレーションは今でも現役である。

コースとしては変化があり面白いだろう。ただ会場に行くには、クルマかシャトルバスかになる。あまのじゃくなnaoさんは、バイクで行こうと大会事務局に『バイクで行って駐輪場はありますか』と尋ねた。すかさず、『奥宮氏』からの返信で『あります!』との回答。メールなのにドキッと緊張したぜ。下々の者は軽々しく質問してはいけないのである... なのでエントリーしないわけにはいかなくなった。エントリー費は6000円とお財布に優しい。
だけど、レース日に雨だったらどうするんだよ。でも、時期的には寒くないか…

今のところ春のレースは…

・3月11日(土)豊島区ロゲ 5時間単独
・3月26日(日)日の出ロゲ 5時間アカさんとコンビ
・4月22日(土)Fun Trails 名栗
・5月連休  OTK(仕事が休めたら…)
・5月20日(土)トレニックワールド100マイル

こんな感じ。
この春は4回目の100マイル挑戦だっ!


by nao-yamaniiku | 2017-02-01 22:34 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
23年目の曲がり角・・・
ハセツネで初めてのDNSは心境の変化をもたらした。
仕事の都合、ケガ、故障でエントリーしなかった(出来なかった)年もあったが、ハセツネは出場することが当たり前だと思っていた。ところが、今回、風邪とはいえDNSとなった。今で病気によるDNSは考えていなかった。

ハセツネがスタートした13時過ぎは、今年はくも膜下もあり、天の声だったかな、来年はがんばろうなんて思っていた。
風邪明けで会議に出た時、なにげなく会議出席のおじさん、おばさん達を眺めていた。『この人たちは山のレースなんて関係なく生活してるのかあ』なんて思った。そしたら不思議?何故か急速にヤル気が失せた。いつの時でも気力が無くなるのは、実に簡単なのである。逆は大変なのは良く分かっている。


今までかかっていたハセツネ呪縛が解けた感じ。別にハセツネに出なくたって変わらない。レースのためにゼーハー練習をして、それがどうしたと思い始めた。寒い朝に走らなくてもいいじゃんだって…
これはヤバいのである。
『バイクはどうなの』と思っても同じ。スピードが出て危ない。スイムだって『いい歳して 裸ン坊で泳ぐのはどうよ』である。

やっぱり元気なフリをしていても、心は疲れているのかな。
あと2ヶ月もすれば57歳になる。このあたりの年齢は微妙である。ケガや病気で運動能力が落ちやすいお年頃である。
去年あたりまでは、体調が良ければ20㎞過ぎてから、ぐいぐい足が動けるようになることがあった。ところが、当然と言えばそうだけど、くも膜下後はないのである。

昨日の飯能ぐるりの山行きも酷いものであった。苦戦するのは仕方がないけれど、面白くなかったことが問題である。辛いけど上手く行かないけど、楽しいというのが大切。
まいったな。

辞めて行くのはこんな感じなんだろうなあ。
今は辞めたくて仕方ないのである。

by nao-yamaniiku | 2016-10-17 21:22 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
今年のハセツネ
レースはほとんどの人がタイム狙いだと思う。それか完走目標。順位を追うのは、ほんの一握りの超エリートだけ。
ハセツネは割と明確な目標として、サブ12とかサブ10とか立てやすい。

去年の自分の順位は291位11時間37分55秒。ところが今年の291位だと13時間2分である。なんと去年より1時間25分ほどタイムが悪い。

気候的に条件が悪かったのだろう。それなのに、みんながみんな狙ったタイムで走り、結果、水切れや胃腸を悪化させた方が多かったよう。
走りながらヤバイと思っても、周りが行くので、ペースを落とすことはなかなか出来ないものである。ほとんどがシングルトラックで、後ろから突かれるからね。この辺は局地戦、意地の張り合いとなる。ロードのように道幅が広ければ、いったん自分のペースに落とせる。
ここが山のレースの難しいところじゃないかな。
全員、ご一緒に地獄行きなのである。

自分が出てたら、間違いなく潰れてたに違いない。病後なのに行く気満々だったからね。どこまで行けるか?なんて思ってたから。たぶんどこまでも何も入山峠辺りでドボンだったよ。

浅間峠までは蒸し暑かったとみなさん言っていた。でも、その日、熱でヘロヘロだった自分は、下界にいたのに寒かった。今日はジャケットが必要だなあとか、水はそんなに要らないな、なんて思っていた。

なんかなあ...
熱が下がったら、ハセツネへの思いもなぜか急速に冷めてしまっている。
分からん?



by nao-yamaniiku | 2016-10-11 20:53 | ハセツネ徒然 | Comments(2)
ハセツネはDNS
昨夜から鼻が詰まっていたが、今朝未明に38.6℃の熱が出た。
午前中は病院行き。また、熱が上がって来た。
熱、頭痛、咳、喉の痛み、鼻詰まり...苦しい...

やはり、今年はダメと天が言っているのだろうか。
by nao-yamaniiku | 2016-10-08 18:08 | ハセツネ徒然 | Comments(6)
今年のハセツネプラン
思い返せばよくここまで回復したものだ。

昨年のハセツネは、ケイレン、下腹痛があり11時間37分台だった。でも、来年に向けての手応えは感じていた。だけど思いとは裏腹に、走り終わった直後はみなさんに『もう終わり、終わり、お~しまい』なんて言っていた。
実際、年明けにその通りになってしまいそうだった。

今年の1月8日の13時過ぎにくも膜下出血で倒れた。
手術後、5日ほどで意識が戻っても左手、左足を動かすことが出来なかった。自分で立つことが出来なかった。
今年はそこからのスタートとなった。

でも、自分では『走れるようになる』という気持ちがあった。『せめて歩けるようになればいいや』と妥協的に思っていたら、回復はなかったかも知れない。今になって思うと『絶対、走れる』という気持ちを持ち続けていたことが、早い回復につながったように思う。
1月の終わりに、病院の廊下を手すりにつかまりながら歩いている姿を、主治医が見た時『歩いているのですか、すごいですね』と驚かれた。

ハセツネ出場者の中に脳疾患で生死を彷徨った人がいるのかなあ。ガンなどのその他の病気の人はいるのかなあ。そんなことを考えてしまう。

自分では元気なつもりでも、まだ不安である。内容を詳しく書くと『そんな奴は出るな』と言われそうなので書かないが、まだ病弱な部分が残っているのは否定出来ない。
という、まずは言い訳をたくさん。

『今年はハセツネに出れるだけでも…』と言われるし、そう思うが、自分的にはそれではダメなのである。
もう、これ以上の回復はないと思っている。ということは今回のハセツネの結果が実力である。と自分で自分を追いつめているのである。

自分の場合、今熊山ー入山峠ー市道山分岐で本日の調子が分かるので、いつものペースがどこまで続くということかな。(当たり前である) 途中で、頭や身体に違和感が出たら、ペースダウンか最悪はリタイアか。

従って今回はウェアはいつもと違うかな。ゆっくりペースになったら、多少の防寒が必要。最初からゆっくりペース仕様にするか?悩み中である。
今現時点での10月9日のあきる野市の雨の確率60%、10日の最低気温16℃となっているよう。走るには快適だけれど、深夜の山は寒くなりそう。
まあ、ウェアはもう少し直前にならないと何とも言えないな。
しかし、いつも直前になって何か無くなるが、今回はアームカバー、パワーメッシュが行方不明になっている。だいぶ捜索したが発見に至らず。もう、諦めようか、なのである。

水は、ハイドレに2ℓほど、ペット0.5ℓ。これも天候与件で少なくするかも。

補給食は、ペットボトルに自作ジェル1200カロリーほど、市販ジェル6本900カロリー、今回はおにぎり2個300カロリー。
全部で2400カロリー。
カフェインの何か持っていくかも。

ライトは、腰ライトのガンビットとハンドライトSG-309。替電池1セット。
防寒+雨対策でトレントの上。
スマホ、小銭、ファーストエイド

ザックはinoxである。
ちなみに食料はすべてザックの外側に入れて、ザックは下ろさないようにする。

まあ、あまり考えずいつもの通り。違うのは自作ジェル活用で、食料コスト前年比50%に大幅削減すること。
もう一つ、いつもは相棒のガーミン君を持たないかも。あくせくせず、ということさ。

こんなことをウダウダ書いていると、気持ちが燃えて来るのは毎年のごとく同じ。
果たして、くも膜下出血で生死を彷徨った男が山のレースで復活出来るのであろうか。物語の大団円が近づいて来た。

by nao-yamaniiku | 2016-10-04 21:26 | ハセツネ徒然 | Comments(4)
ハセツネリタイア記
お盆を開けた頃から一ヶ月近く曇り空、雨の日ばかりである。今夜もプールに行きたかったが、台風の大雨で帰宅困難者になっちゃう恐れがあるからね。

いまひとつ身体の調子も悪く、ランニングは所用が重なり出来ず(走れたとしてどうかな?)、 仕事も壁に当たり乗り越えるキッカケもない。こんな時はマイナスな考えばかり浮かんでしまう。

今年のレースは、後半の10月ハセツネ、11月FTR50k、12月神宮外苑24時間の3レースだけである。でも、走り切れる自信があまりなく、今さらエントリーしたことに後悔しているのである。長いレースだと、どこかの時間帯に頭に違和感が出て来そうである。こんな奴がレースに出るのも迷惑だろう。
従って、最初のハセツネが試金石になる。このレースは、ほぼすべてのコースを把握しているつもりである。状態によって、どこで止めればいいのか分かっている。神宮も止めやすいか… でも、ハセツネがダメなら他は出てもしょうがないな。

ハセツネは過去3回リタイアしている。どれも準備不足、そのために気力不足であった。リタイアは気持ちの問題が大きいのである。

リタイア記
1回目
1998年第6回ハセツネ 38歳 第一関門リタイア4時間15分
乗らない気分で五日市へ着くも、レースの行動食が満足に買えず。調子は悪くなかったが、実は翌日の娘の運動会が気になっていた。この当時、運動会は体育の日というのが一般的だった。結局、浅間峠手前で気力なくリタイアを決める。これがレースでの初リタイアだった。上川乗まで集団で下って行く時、後悔したのを覚えている。家に帰ると奥様が『ありがとう』だって。まあ、今となっては懐かしい。

2回目
2000年第10回ハセツネ 40歳 第二関門10時間40分、大ダワリタイア12時間ぐらい
走れない時代だった。レースは年1回のハセツネが出れるかどうかだった。第一関門まで5時間17分。体力・気力ともなく大ダワで水が尽きて、思わずリタイアテントに逃げ込む。この時のリタイアは今でも後悔している。悔しかった。きちんと練習して挑みたい…と思った。こういうことが続けられた要因だと、今になって思う。

3回目
2014年第22回ハセツネ 54歳 醍醐丸リタイア3時間以上
入山峠先ですでに気力がなくなっていた。市道山分岐で大休止。そしてその後、転んで胸を強打。行けたけどリタイアの理由になった。このリタイアで10月1日から始めていた禁酒を続ける決意をした。

まあ、3回目のリタイアはともかく、本来なら絶好調のはずの38歳、40歳で練習不足により気力なしというのはもったいない。でも、あの頃は、本当に忙しかったよなあ。
しかし、日頃、自分の長所は『打たれ強いこと』なんて胸を張っているが、弱小じゃねぇ。『打たれ強さも』日々の練習で培われるのだろう。

恐れているのは、第3回目のリタイアのようになること。体調が悪くなるとすると、市道山分岐手前辺りだと思う。そこまであえて押さえるのか、行くのか思案のしどころである。
今からドキドキさせやがるなあ。絶対、身体に悪いな。

by nao-yamaniiku | 2016-09-20 21:34 | ハセツネ徒然 | Comments(0)

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