nao山に行く

2016年正月明けにくも膜下出血で生死をさまよう。なんとか生還し山のレースに再チャレンジ目指しています。
カテゴリ:ハセツネ徒然( 71 )
仕切り直し…
レース前に、浅間峠までをいいイメージで迎えたいと、ハセツネ経験者なら誰もが思っているに違いない。

9/8(木)の『ハセツネに向けて』の記事で今後の試走予定を立てたけど、計画通りになっていない。
9/10(土)浅間峠予定 ⇒大撃沈で入山峠先までしか辿りつかず
9/16(金)大岳山ピストンナイトラン ⇒翌日に所用があり中止

レース前に4回あった試走のうち半分がダメになっている。
もっともこの時期は、実力が上がるわけでないし、特に今年は病後なので、身体を整えることの方が大事。そんなことは分かっている。だけど、気持ちが弱いから焦ってしまうのは、毎年変わらないのである。

今週末は、まだ『未定』である。果たして山に行く時間が取れるかな。次はレース1週間前になってしまう。

今年のランの最長距離は、6月18日の六甲全縦走の44.19km 。でも、その後、一週間余り調子を崩してしまった。そのためそれ以降、今日まで最長20km前後の距離しか踏んでいない。長距離・長時間は、怖くて避けているのである。
普通に走っているように見えるが、いまだに半病人なのだ。
強気になって『ファンランはしない』と言っていたが、ファンランのペースがレースぺーになりそうな予感がする。
さて、どうするか… とりあえず仕切り直しである。この場合、気持ちをね。


3連休の最終日は仕事である。狭い家に孫1号・2号一家がいるけれど誰にも見つからず、そ~と家を出るのさ。
朝は、早く起きれたけれど走らず。昨日、TDLで歩き回ったが、さほど足の疲れはない。だけど、疲れているに違いない。感じるところは、力こぶ辺りが筋肉痛。非力な細腕で孫を抱っこしたせい。だけど抱っこ出来る歳なんて、すぐに終わってしまうからね。貴重な時間である。

仕事帰りのスイムは予定通り。
孫抱っこの筋肉痛の影響は初めは感じなかったが、徐々に腕が重くなった。孫抱っこが水抱っこになって、なんとなく水をつかむ感じが分かって来た。
ゼーハーはランでなくスイムで補えていると思っておこう。


by nao-yamaniiku | 2016-09-19 21:46 | ハセツネ徒然 | Comments(2)
ハセツネに向けて
今年のハセツネもベストを尽くしてチャレンジすることに決めた。まあ、当たり前なことだけど…
ファンランや24時間の制限時間をいっぱい使うかとも考えた。だけど、それは自分らしくない。
でも、日々体調は変わるので明日は何て言っているかわからないけれどね。

コースの割に出場者が多く、かつレベルが高い。序盤から渋滞し、自分のペースに持ち込めるのは、ほんのわずかなエリートランナー達だけ。シングルトラックで絶えず後ろから突かれているプレッシャー。しかも、序盤の浅間峠までの区間はキツイコースである。補給は約42㎞先の第2関門の水・ポカリだけ。
大勢の選手が浅間峠前後でライト点灯し、レースの1/2~2/3は夜のパートになる。

ハセツネ疲れじゃないが、このコースでタイムアップすること、レースにチャレンジすることに、レースを重ねて行くうちに限界を感じ疲れてしまう。
ハセツネは出来れば逃げたいレースである。



ハセツネに向けての山練習の予定としては…

9月10日(土)浅間峠
9月16日(金)日の出山か大岳山ピストン、完全ナイトラン
9月25日(日)未定
10月1日(土)浅間峠か休み

まあ、こんな感じ。
全周したいところであるが、体調を考えやらない。身を削るような山行きはしない。
前後の平日のランは調整だけ。試走の前の2〜3日間は走らず。
日常生活もレース前と同じことをする。例えば、2日間のカーボローディング、睡眠を十分取ること。
カフェイン抜きもしょうと思っていたが、今朝、うっかりコーヒーを飲んでしまった。脳に問題あり...
これで走りがどうなのか、十分に確かめてみるよ。
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by nao-yamaniiku | 2016-09-08 21:32 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
実は今年のハセツネのタイムのこと
お前が今年のハセツネのことなど語るな、と自分で突っ込まれそう。でも、あとレースまで2ヶ月ほどである。今年のトレイルレースはこれ一本なので、どうしても気になってしまうのである。


第1関門 3時間31分40秒
第2関門 7時間03分23秒(区間3時間31分43秒)
第3関門 10時間03分39秒(区間3時間00分16秒)
ゴール 11時間37分55秒(区間1時間34分16秒)

これが2015年のハセツネのタイムである。

試走(2015年10月10日)はというと

第1関門 3時間31分
第2関門 6時間52分(区間3時間21分)
第3関門 9時間41分(区間2時間49分)
ゴール 11時間15分19秒(区間1時間34分)

本番よりタイムが良く、かつ楽だった。

本番では、醍醐丸ですでにケイレンが始まった。なかなかケイレンが治まらず、長尾平に着くと今度は下腹部が痛くなったりした。本番に弱いnaoさんモロ出しだった。それがなければ、過去の大会で一番走りやすい気候だったので、試走の時のタイムは超えられたと思う。という強がり。


7月は、パッとしない山行きのように見えるが、本人的には少しずつ手応えを感じている。と信じてる。あと2ヶ月でどれだけ戻れるか分からないが、やはり昨年のレースタイムを目標としてみたいな。


無謀?

その場合、スタートの位置も重要だけど、これは運不運があるので語らず…
浅間峠までは、前後に選手が詰まっているけれど、気持ちに負けず、いかに自分のペースを守って走れるかである。まあ、こんなことは毎年言っていることで、毎年気持ちに負けている。


昨年は8月までにロングのロードは力をつけた。今年はそれがないので、せいぜい”山道慣れ”するしかない。
とりあえず、いろいろ障害はあるけれど、8月は毎週山に行きたい。山といっても低山だけどね。暑さに苦しむのである。
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クソォ〜、このドヤ顔の奴に勝たなければならない.



by nao-yamaniiku | 2016-08-04 21:58 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
ハセツネエントリーしておいた
5月は、地元の里山含めて7回のトレイルランをしている。3月は何を慌てていたのかセコセコと歩き走り、そのせいか4月は中旬まで調子の悪い日が続いた。少しずつ良くなって来て、5月に入り徐々に距離を延ばし始めた。

状況はというと、病気前も実力は『こんなもんかな』とも思う。でも、体力はなくなっている。機敏さがなく転びやすくなっているよう。汗の量が減った。これは走りに関係ないか。でも、日曜日に走った感じでは、間違いないな。

今の状態を維持するのが、実はあまり自信がない。いろいろ調べてみると一度、くも膜下出血に遭うと、また脳疾患にかかる可能性が高いよう。なので、将来に期待はしていない、諦めている。倒れたらそれまでよ。せいぜい定期的にMRIなどの検査をして、病巣の発見を早くするしかない。

どうやら自分には、あまり時間がなさそうなのである。
今年はハセツネの頃に予定があり、DNSを覚悟していた。だけど、どうも日程が変わるかも知れないようなのだ。10月に身体がどうなっているのかもわからない。2つの不安要素があるけれど、エントリーしておいた方がいいだろう。

自分的には15回の完走のうち1回はズルだけど、そんなことを言っている場合ではない。来年はこの世にいないかも知れないのである。
ということで15回完走優先エントリーというのを活かしてエントリーしておいた。エントリー費は6月10日までが締切りのよう。いつ払っても同じだけど、なんとなく給料後にと先送りにするのは、しがない生活者だからである。忘れないようにしないと…

ハセツネ前までは、身体の様子を見つつ、ひと叩き出来るレースがあれば出てみたい。だけど、すでにエントリー締切りのレースが多いからどうだろう。

もし、ハセツネに出れても、『復活』でなく『復帰』ということになるかな。ファンラン的に24時間フルに使ってということも考えてしまうが、やっぱり全力で挑みたいのが、自分にとってのハセツネなのだ。全力を出し尽くすことが出来れば『勝ち』。全力を出せるために、あと4ヶ月ちょっと、練習を積み上げて行こう。

昨日は休足。たっぷり寝たが帰宅は遅くなってしまった。だけど今朝のランは快調だと思っていた。しかし、足は重たくスピードは出せず。11㎞をキロ5分50秒ペースだった。
3勤1休、2勤1休を守ること。




by nao-yamaniiku | 2016-05-24 21:10 | ハセツネ徒然 | Comments(2)
来年に向けて
だいたい自分のような一般人は、レース直後が次に向かってのモチベーションが上がっていたりする。
レースは山もロードも何が足りないのかを教えてくれる。そして、レース中、レース直後に『来年までに...』『来年こそは…』と熱い思いを誓う。だけど、時間が経つと自然と薄れて来るものである。これは、はるか昔の初恋と同じ。気持ちを維持し続けることは、なかなか難しいものである。日々生活していると、いろいろなことが多過ぎる。

さて、今回のレースで分かっちゃいるが、なかなかね、ということがレースの足を引っ張った。

試走の感じでは、浅間峠まで3時間30分前後がいいペースだと思っていた。そして、レースでは渋滞もあったが、3時間31分とほぼ目論見通り。でも、足が全然違う。余裕がなかった。ケイレン寸前だった。

トレイルでの自分の得意は登り。(ちょっとだけ) 苦手は下り。おそらくハセツネタイムで考えると、登りは10時間台、下りは13〜14時間ぐらいの実力かな。
練習はいつも一人なので自分の得意のペースに持ち込める。登りは速め、下りはダラダラ走り。
ロードの場合、コースは広いので、スタート直後は渋滞の影響があるかも知れないが、実力通りのペース、キロ4分やキロ5分といった自分の思うペースで走りやすい。
だけど、トレイルレースの場合、ほぼシングルトラックなので、前の人にペースを合わせざるを得ない。
それが、ハセツネの自分のポジションでは、登りはゆっくり、下りと平坦でスピードアップというパターンになる。登りでもう少し速く行きたいが、前が詰まっているのでガマン。下りでスピードアップの対応をするのが苦手。浅間峠まで同じタイムでも、レースでは自分的にインターバルしているのである。
ゆえにハセツネは下りが得意な人の方が有利かも知れない。

こんなことは改めて思うことではなく、ずっと分かっていたことである。実は、富士山頂往復マラニックが終わった8月初旬から、ハセツネ試験の苦手科目を克服するために、山でインターバル的なトレーニングをしようと思っていた。でも、結果、『今日はいいや』で先送ってしまった。日の出山や御岳山の登りのタイムアタックに逃げた。まあ、おかげで登り力は磨かれたかも知れないが...

でも、レースが終わって『これからはインターバルをしよう!』と思うのはみんながそうだと思う。じぁ、本当にするの?となるとこの手の練習はキツイのでついつい逃げてしまう。
それに山でのインターバルなんて、せっかく山に来ているのにそんな練習はなあ…と思ってしまったり。

今回のレースの浅間峠までの3時間31分というタイムが、登りも下りも苦もなく前の人について行けたなら、11時間切りの挑戦権があったと思う。
実際、自分のペースで行けた10月10にちの全周では、ゴールまで余裕があった。その時の第二関門の区間タイムは3時間18分、今回が3時間31分、マイナス13分。第三関門の区間タイムは2時間48分、今回が3時間0分、マイナス12分。この二つの関門で25分の差がある。しかも試走の時は楽チンペースだった。

来年に向けて『もう一丁!』と思うならここを何とかしなければならない。

30代、40代前半の若者はこんなこと考えなくてよろしい。ひたすらガンガン行って潰れてればいい。簡単である。そのうち持久力もついて行く。なので浅間峠まで3時間前後で行ったが、後半潰れて12時間台でゴールというのは羨ましいし好感が持てるのである。
naoさんには真似できないのである。

すぐ先にFun trails 100が控えている。これはスピード云々より完全に持久戦である。ハセツネとはレースタイプが違う。さらに12月は、トレイルとまったく関係ない神宮の24時間走と続く。
まずはこの2つをなんとかしなければならない。
そんなことをしているうちに、今の思いが薄まって行くのさ…




by nao-yamaniiku | 2015-11-03 20:25 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
やるしかないだろ
走り出したのは、親父(59歳)を亡くしてから、たまたま昭和記念公園で女子のトライアスロンを見たのがきっかけだった。タバコも吸ってたし、娘2人も小さく、亡くなった親父の歳を考えると健康のことを気にし始めたのである。31歳の夏だった。

当時住んでた団地の周回1㎞どころか100mも走れず、バイクは山伏峠まで何度も立ち止った。スイムは足が攣ったり。チームには入らなかったので、すべて試行錯誤だったけど楽しかったな。。がんばって続けた。

初めての潮来トライアスロン大会でスタートを待つ間、屈強なトライアスリートに交じって水面に浮いている時、緊張もあったけど、『オレはやっとここまで来た…』と思うと、これまでの努力に涙が止まらなかった。これが原点である。まさかこんな感動を手に入れるとは思わなかった。

ハセツネは1994年の第2回から参加した。その時のタイムは12時間45分。34歳の時だった。山足が出来ていなかったので、練習すれば11時間は出せると思った。
しかし、その後はなかなか練習時間が取れない日々が続いた。山を走るという競技自体も超マイナーなため、仲間もいずモチベーションも上がらなかった。30代後半から40代半ばまでは、世間がそうであるように走る時間が取れなかった。もちろん、こんなのは言い訳であって、練習出来ない理由にはならない。たとえ週に1時間しか走れなくてもやる人はやるのである。走るモチベーションをなくしていただけなのである。

だけど、ハセツネはメインが夜間走という当時、他では出来ない非日常が体験出来たので、練習出来る出来ないに関わらず、参加出来る年はエントリーしていた。そんなわけで、年間のレースもハセツネだけであった。

ようやく2007年に走れる時間が取れるようになったが、腰痛で1年近く走れず。なんとか2008年にレースに復活した。
その後は、連続して出場しブログも始めたり、またSNSの発達で多くの情報が得られるようになり、その間にトレイルランという競技が大きく成長した。

しかし、残念ながらハセツネでの成果は得られないまま21年が過ぎた。当時小さかった娘二人は、子供を持つようになった。生活環境は変わった。そして歳も取った。

2013年は日原峠先の水場を使用するという失格行為をし、昨年は力なく醍醐丸でリタイアした。

55歳になっているので、もうタイムを目指すのは止めて、もっと楽に走りたいと思った。アマチュアはリタイアはないかも知れないが、タイムを目指して身体を鍛え続けるのは辛いものがある。
だけど、他の人は5年もあれば手に入るベストレースが、自分は20年以上経てもないのである。

目標は11時間台。少し能力のある選手なら、なんてことないタイムであろう。だけど、自分は超えられない高い壁となっている。

せめてもう一度、『やった』と思える準備をしてレースを迎えたい。この歳で走力を向上するのは難しい、でも、体調は努力で整えられるだろう。
そして、自分にとって一番やりたくなかった禁酒をせざるを得なかった。辛く苦しかったが効果はあったと思いたい。
それでも、やっぱり走力はいかんともし難く、『がんばってるのに、なんでこんなに遅いんだろう』と情けなく思い、いい歳して悔し涙を流しながら走ったことも一度や二度ではなかった。

とにかく今回はいつもの年と違って準備だけはして来たつもりである。今回がラストチャンスである。次はもうない・・・つもり。

あとひと月も経てば親父が最初に病で倒れた歳に並ぶ。

オレは...週末.
やるしかないだろ。


日々のトレーニングはこちらで。 naoのジョグノート

by nao-yamaniiku | 2015-10-29 23:58 | ハセツネ徒然 | Comments(4)
ハセツネレースプラン
日曜日に木枯らし一号が吹いて、今週は一気に寒くなった。身体は、まだ半袖に慣れているので急激な気温の変化について行けない。
そんなわけで今年のハセツネのウェアは悩ましいところである。同じような経験が3年前の八ヶ岳100マイルかな。あの時は深夜にハイドレも凍ったっけ。今回のハセツネはそれほどでもないと思うが、例年よりは寒いだろう。
土曜日に試走するまでは、半袖+アームカバー、ランパンで生足と思っていた。だけど土曜日の午前中の試走でも、走っていても肌寒さを感じた。
なので半袖の下に長袖、ランパンの下にタイツを履くことにした。防寒着は保険でトレントを入れておくかな。

補給は、水2リットル。水の心配は例年よりなくなったかな。
食料はジェル主体。三頭山の登りでいつものようにパンを食べるつもり。ジェルを持つ方法については検討中。
食料は、後半、大岳山手前あたりから食欲がなくなるので、前半部分の三頭山までに全体の2/3ぐらい補給するつもりで行く。ケチケチしないこと。

スタートは先頭から30mぐらいの場所がいいけど、生存競争に弱いからね。事前に腹にライトを付けておく。小和田橋先まではスピードを上げてポジションを保つ。広徳寺への登りにかかるところで、ギアを落としスピードをダウン。といっても広徳寺、そしてその先の林道まで走りきる。林道は基本は走るが歩いてもいい。ここでは無理しない。最初のトレイルの上りで渋滞しなければグッドである。あとはいつも試走しているペースを守る。変電所から今熊山神社のロードは、ガンガン行く人が多いが気にしないこと。今熊山への登りからは前の人について行くだけでいい。いつものペースを守ること。それで入山峠まで60分で行ければOKである。

たとえ入山峠まで渋滞にハマって60分を超えても慌てることはないし、市道山分岐までは慌ててはいけない。いつもと同じ50分ぐらいのペースを守って行くこと。この区間で取り返そうとしても潰れるだけである。市道山分岐までの峰見通りは普通に走っても歩いてもキツイコース。レースでは序盤なので選手も数珠つなぎになっている。抜かそうとするとそれなりに負荷がかかり疲労を蓄積するだけである。

市道山分岐から醍醐丸にかけては、スピードダウンした選手は抜かせる。醍醐丸への登りで、本日の調子が分かるであろう。

醍醐丸からは多少、選手間がバラけて来る。いよいよ本来のレースの始まりである。連行山や軍刀利神社の登りでケイレンの兆候がなければ、本日のレースは11時間台が見えてくると思う。
浅間峠の第1関門が近づくとスピードアップする選手がいるが気にしないこと。そこがゴールではないのである。

浅間峠は休まず通過すること。16時半ぐらいでだいぶ薄暗くなっているかな。予定としては日原峠あたりからライトオンにする。
実は日原峠から西原峠までが予想がつかないのである。基本は走れる区間だけど、どれだけ前が詰まるのかが分からない。ここの走れる区間で歩きたくない。

三頭山への登りで、すぐにパンを食べ始める。ここの登りは抜かせる(抜かれる)ので登りの力の差が出る区間である。ここは少しがんばってもいいかな。まあ、力が残ってればの話だけど...
三頭山の頂上はスルーで進むこと。山頂で止まると寒くなるだけである。鞘口峠まではがまんである。
この辺りで予定では19時ぐらい。ここから御前山辺りまでが寒さを感じる区間である。トレントを着るなら鞘口峠か第二関門かな。

第二関門の月夜見駐車場も水の補給だけで休まない。ひと息はつくかも知れないが座込まない。
さて、ここから先はどうなるのかは分からない。


とまあ、こんなレースプランだけど、当たり前のこを書いているだけ。でも、果たして上手く行くのかな? 

問題は靴擦れ。今日になってまた腫れて痛みが増して来た。週末のレースで靴擦れで悩んでいるランナーなんてオレぐらいだろ。なんだよ!って感じ。ズキンズキンするのである。トホホ.

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by nao-yamaniiku | 2015-10-27 20:30 | ハセツネ徒然 | Comments(2)
最初のハセツネ(回顧録)
最初にハセツネ(当時は山耐と言っていた)に出たのが、21年前の第2回大会。34歳の時だった。
当時は、山の中を71.5㎞という考えれないような距離だったが、トライアスロンの調子も良かったので勢いで申込みをした。当時は参加人数に達することはなく、期日がギリギリの申込みでも全然大丈夫だった。

山は奥穂高、白馬、雲取など山小屋利用で歩いたことはあった。だけど、山を走るというのは良く分からず、もちろん情報はまったくなかった。とりあえず狭山湖周辺のトレイルを4~5時間ぐらいのマラニックをした。
装備も良く分からず。家にあったリュクサック。水はバイクボトル3本。食料は自家製のおにぎりを数個とチョコレートなど。要は山歩きと同じ。レインウェアはF1で買ったベネトンの雨合羽を持参した。

レースの特性から参加者はランナーと登山者は半々だった。みんなもそうだったが、シューズ、ウェア、ザックなどジロジロ見たり見られたりしたのを覚えている。みんな手探りだったのだ。

最初に参加した第2回大会は10時スタートで、浅間峠で500mlの水の補給があった。
前半と日の出山からは、今よりコースが荒れていたと思う。
ペースは良く分からなかったが、登りはバイクのヒルクライムと同じリズムだと思った。でも、下りは走り慣れていないためスピードは上げられず。レース中、下りの練習をすればイケルと思った。
ラップは醍醐丸2時間11分、日原峠3時間44分、月夜見駐車場7時間2分、ゴールは12時間45分。
やはり山の対応不足で後半が走れなかったレースとなった。

御前山に向かう途中でライトを点け始めた。直前に買ったナショナルの豆電球のヘッドライトである。球切れのために予備の格納場所もある。しかし、黄色い光で足元しか明るくない。このヘッドライトは、豆電球の補充もして、まだ持っているので、いつかはレースで再登場させたいと思っている。レースの予備知識がないためかライトを持たない選手も何人もいて、暗闇の中、もがいている姿も見れた。『一緒に行って欲しい…』なんて言われて返答に困ったりした。ちょっと離れるとついて来れないので、そのまま先に行ってしまった後味の悪さが残っている。

日の出山では、スタッフの方が野球中継を聞いていた。1994年10月8日は巨人と中日の10.8決戦だった。
金比羅尾根は走れず歩き。道が悪くて何度も尻もちをついた。こんなにきついレースは初めてでフラフラになってゴールした。

レースは情報もなく、予想通り辛かったが、初めての深夜の山、71.5㎞という長距離、日本の国内では体験出来ないようなレースが自宅の近くで開催されるということで魅了された。

でも、国立公園内でのレースは許されるのかな?とも思い、大会は長く続かないような気がした。

この時のタイム的がPBではないけれど、ハセツネではこのレースがベストレースだろう。今年はそれを上回るような達成感が欲しいな。


左右の足が靴擦れで痛む。特に左側。痛くて歩く時は激痛である。
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さらに、今になってハイドレの上部に針で刺したような穴が出来て水漏れがする。
5時間で半分漏れてしまう。洗面器分漏れていた。買うか?でも資金がない...
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まったく、クソッたれである。




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by nao-yamaniiku | 2015-10-25 19:00 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
ライトテスト
ライトテストといっても現役は3個しかない。
右から309、325、そしてガンビット。
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全部、ジェントス製である。
カンビットはお腹に巻く。ハンドライトは、ハセツネでは309を使うと思う。小さくて軽いからね。でも、電池はCR123なので高い。秋葉原に300円で販売している店があり、そこで購入している。普通だと600円近くする。
325は単二が3本。これはワンコの散歩や朝の暗い時のラン、練習のナイトランで使っている。

でも、今さらテストしても、いつものナイトランと変わらない。気休めしかならない。でも、久しぶりに早めに帰れたので、身体ほぐしジョグも兼ねて野山北の里山へ行った。
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里山だって、もちろん真っ暗。山の中より怖さがあるんだよなあ。なぜかな?
1時間、7kmほどを楽しんだ。
今日ぐらいに帰れれば、冬は夜に走ってもいいかも。

ハセツネはガンビットをお腹に、ハンドライトは309。登りではハンドライトはオフで節電。
電池は交換しなくても平気だと思うが、金比羅尾根で爆走したいので、長尾平で電池交換するつもり。

by nao-yamaniiku | 2015-10-14 22:29 | ハセツネ徒然 | Comments(0)
難しい…
昨日は右足首の状態もあり、あわよくば12時間切るぐらい。まあ、12時間で回れればいいと思っていた。それより途中でおしまいの確立の方が高いかと完走は諦めてもいた。
確かめるのは補給食、水、それからランナーの数を数えようというもの。

思いのほか、走れてしまった。11時間15分というのは中途半端である。みなさんから10時間台と言われてしまった。本当はクローズにして黙っていたかったが、ブログを続けている使命で仕方ない。

昨日も書いたけど、浅間峠までは本当に楽だった。まるで上川乗から上がって来ただけの状態のような感じだった。そして今までで一番楽な全周だった。ケイレンは兆候もなし。平坦地はしっかり走れた。

余裕があるように思えるが、ここが微妙なところ。これ以上は難しい。スピードが出そうもない。これよりちょっとでも早くすると撃沈しそう。この辺が歳かなあ。でも、このペースならまだまだ走り続けることが出来そうだった。まあ、ウルトラ対応は出来ていそうかな。なんて風呂敷を広げない方がいいだろう。

さて、目標タイムが難しくなったなあ。今年は11時間台、それも11時間30分にどれだけ近づけられるかと考えていた。
ハセツネは、いつも裏切られていることばかりなので、どうなるかは分からない。

なんにしても第二回大会から22年間の恨みを晴らさなきゃね。

娘2号から泊りにくる連絡があった。孫2号は9時に寝てしまうので、8時までに帰りたかったというのもあった。最近、じいじが味方だと分かって来たみたい。孫パワーかな。
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by nao-yamaniiku | 2015-10-11 20:22 | ハセツネ徒然 | Comments(2)

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